リュウと春麗の神結び 其の一

新しい時代の幕開け。それは「神化への道」


      

今回のアップは2018年2月8日です。

 

💖

 

 

リュウさんが最後の修行に旅立つ前に、

 

ケンと交わした言葉がありました。(Ⅳムービー

 

  

ケン「行ってこい。そして、おまえにしかたどり着けない場所を見てこい。必ずだ」 

 

 

その場所は、滝でした。

 

 

シャドルー壊滅作戦にてベガ様を見事に光に反転させ、

 

世界を闇から救ったリュウさん。

 

 

彼がいつも必ずたどり着く場所。

 

 

滝はリュウさんの本拠地なのです。

 

 

滝はシリーズを通して常にリュウさんとともにあり、

 

どんなときもリュウさんを受け入れてくれました。

 

   

滝は縄文女神さまの象徴です。

 

リュウさんは縄文女神さまの懐に必ず帰ってゆくのです。

 

なぜならば、滝は龍の住処だからです。

 

 

 ケン「さあ、みせてもらおうか。おまえが見つけた答えってやつを」

 

 

リュウさんとともに求道してきた赤いハチマキ。

 

いに解き放たれる時が来ました。

 

その様は、天翔ける龍の如くです。

 

その背後には、滝が。

 

 

赤いハチマキが解き放たれ、リュウさんに掛けられた封印が解除されました。

 

探していた片割れである縄文の女神(春麗さん)を見つけることができたから。

 

太古の記憶を取り戻し、本当の自分が誰かを知ったのです。

 

  

 リュウさんには迷いはありません。

 

その目には新たなる決意があります。

 

ストリートファイターV 「ゼネラルストーリー」
ストリートファイターV 「ゼネラルストーリー」

 

 

「ただ進むのみ」と。

 

 

筆者、ニギハヤヒに会いに行く。


 

「リュウと春麗の神隠し」シリーズの続きとして書き連ねてまいります。先にシリーズを順に読まれてからいらっしゃいませ~。<(_ _)>

 

 

筆者は「その10」を書き終えた翌日にある方にお会いさせていただきました。(詳細は番外編参照のこと)

 

 

その方に大神神社(おおみわじんじゃ)の御神水をいただきました。実は、かねてから大神神社にご参拝させていただきたいと思っていたのです。

 

 

その前に、ニギハヤヒの墓所を訪ねようと二度挑戦したのですが、いずれも何らかの事情でたどり着くことができないでいました。

 

 

とても不思議なのですが、「自分は何度訪れてもニギハヤヒ墓所にはたどり着けないだろう」という確信に近い感覚があったのです。

 

 

生駒山(筆者作成)
生駒山(筆者作成)

 

三回目、付近の駐車場まできたときに「やはりここじゃない。三輪山だ!」と直観したのです。

 

 

本当は、ニギハヤヒは神様なのになぜお墓があるの?と思っていたのです。ニギハヤヒは神武天皇が東征に来られた際、古代大和国をお譲りされた神様です。

 

 

ニギハヤヒは争いと戦いを好まない神様です。神武天皇と対立関係になることを避けて、生駒山から三輪山へと御移りになられたのかもしれません。

 

大和国(筆者作成)
大和国(筆者作成)

 

三輪山をご神体とされる大神神社はこれまで一度もご参拝させていただくことなく、近くを通ってはスルーしていた神社です。

 

 

なぜか「自分はまだここへ来る時期じゃない」という思いがあったのです。それほど格の高い神社だと観じていました。 

 

 

大神神社の御神水をいただいたとき、自分の中に神様が入ってくださったような感じがありました。

 

 

そのときやっと「これで大神神社へご参拝させていただける」という感覚がありました。

 

 

御神業師様に神様とのご縁をつないでいただいたのです。ここへご参拝させていただくためには、これまでのエゴの浄化作業と準備(体験)が必要だったのだと思いました。

 

 

ところで筆者は特に寺社仏閣めぐりが趣味ではなく、初詣も行きません。(人混みが苦手なんです)

 

 

基本的に神様からのサインがなければ神社へご参拝には行きません。お呼ばれしてから訪問させていただくのは人間界も同じだと思います。

 

 

今回大神神社の神様からいただいたサインは、以下のように示されました。

 

 

大神神社が気になっていた2017年12月のある朝。筆者はお米袋のパッケージロゴに気づかないまま、お米を直接袋から取り出して使っていたのですが、ちょうど使い切ったところで空になった袋を一度は捨てたのです。

 

 

その直後、「あれっ? 確かお米袋に『因幡』って書いてたような?

 

 

と気付いてお米袋を取り出してよく見ると「神話の国・因幡米」との記載が。因幡と言えば、『因幡の白兎』です。

 

 

因幡の白兎に出てくる神様と言えば大国主の神様。大国主の和魂といえば大神神社の神様だ!!( ゚Д゚)ヒョエー

 

 

とひとりで慌てていたところ、なんと神社に無関心な夫が「三輪山に行こうか」と言ったのです。( ゚Д゚)ヒョエー

ちなみにこのお米を買ってきてくれたのも夫でした。なんたる奇妙かつ絶妙な神の采配・・・。

 

 

ってことで、向かわせていただきました。日本で最も古い「大和国一之宮・大神神社」へ!!! ちなみに「一之宮(←ご自分の地域の一之宮はここから検索)とは、その地区でもっとも格の高い神社という意味です。

 

 

下は、大神神社様のHPから引用させていただいた「ご由緒」です。

 

 

ご由緒


当社の創祀そうしに関わる伝承が『古事記』や『日本書紀』の神話に記されています。

 

『古事記』によれば、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)の前に現れ、国造りを成就させる為に「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と三輪山にまつられることを望んだとあります。

 

また、『日本書記』でも同様の伝承が語られ、二神の問答で大物主大神は大国主神の「幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)」であると名乗られたとあります。

 

そして『古事記』同様に三輪山に鎮まることを望まれました。この伝承では大物主大神は大国主神の別の御魂みたまとして顕現けんげんされ、三輪山にしずまられたということです。

 

この様に記紀ききの神話に創祀そうしの伝承が明瞭に記されていることは貴重なことで、当社が神代に始まった古社中の古社と認識されており、ご祭神さいじんの神格が如何に高かったかを物語っていると言えます。

 

そして、ご祭神さいじんがお山にしずまるために、当社は古来本殿を設けずに直接に三輪山に祈りを捧げるという、神社の社殿が成立する以前の原初げんしょの神祀りの様を今に伝えており、その祭祀さいしの姿ゆえに我が国最古の神社と呼ばれています。(太字加工は筆者)

 

三輪山をご神体として自然を祀るのは太古の縄文アニミズムです。日本最古の神社と言われているゆえんはそこにあるのでしょう。急きょ大神神社を目指していざ、出発! 

 

 

そういえば、前日は生駒山上に行ったところでした。生駒山から三輪山へ。意図せず行動をしていたことから、やはり導かれていたんだと思いました。

 

生駒山上より大阪平野を望む(筆者撮影)
生駒山上より大阪平野を望む(筆者撮影)

 

生駒山上からの夜景は関西随一だと思います。六甲山からの眺めもきれいですが、生駒がいちばんです☆彡

もし、関西をドライブデートするなら信貴生駒スカイラインが超おすすめですよ!!☞(公式サイト

 

信貴・生駒山系(筆者撮影)
信貴・生駒山系(筆者撮影)

 

昨日は生駒山上を縦走し、今日は生駒山系を下から眺めながら高速をひた走ります。縄文の生駒は馬の産地だったのだそうです。どうりで生駒の山並みは馬のたてがみのようなのですね。 

 

大神神社一の鳥居(筆者撮影)
大神神社一の鳥居(筆者撮影)

 

天空にそびえ立つ大鳥居。圧巻です。

 

三輪明神(筆者撮影)
三輪明神(筆者撮影)

 

三輪といえば三輪そうめん。実はそれくらいの知識しかなかったのです。(汗)

三輪明神。とても大きな塔です。いよいよ一の鳥居をくぐり、ご参拝させていただく時が来ました。

 

大神神社(筆者撮影)
大神神社(筆者撮影)
大神神社・二の鳥居(筆者撮影)
大神神社・二の鳥居(筆者撮影)

 

二の鳥居をくぐると、自然そのものの空間に包まれます。とても清浄で気持ちよくイヤシロチそのものです。神社の氣に包まれると、日常から離れて神聖な気持ちになれるから不思議です。

 

祓戸神社(筆者撮影)
祓戸神社(筆者撮影)

 

最初に出迎えてくださった神様は、俗世にまみれた心身の穢れを払ってくださるお役割を担われておられます。祓い清めの神様の筆頭に、瀬織津姫さまがいらっしゃいました。

 

祓戸神社(筆者撮影)
祓戸神社(筆者撮影)

 

ここは出雲系であり縄文の神様をお祭りされた地。祓戸の四柱の神様に出迎えていただき、感謝をお伝えしました。

 

巳のご神木(筆者撮影)
巳のご神木(筆者撮影)
大神神社(筆者撮影)
大神神社(筆者撮影)

 

大物主は蛇神なのだそうです。出雲系の神社にしめ縄が祀られているのも、龍蛇神のシンボルなのでしょう。そういえば、「リュウと春麗の神隠し」シリーズを書くことを決心したとき、ヘビさんが出てこられてご了解のサインをいただいたことを思い出しました。☞(関連ブログ

 

巳の神杉(筆者撮影)
巳の神杉(筆者撮影)

 

 

実は二の鳥居から参道を歩いていると、とても懐かしい感じがしていました。ここの神様はとてもなじみのある神様のご神氣を感じていたのです。

 

 

やわらかくておやさしくて寛大で包容力があって、人間の親以上に実の親として魂の進化を見守りサポートし続けてくださった神様。今まで人間として生きてきて、過ちも未熟さもすべてを受け容れてくださり、それでも見放さずに寄り添ってくださった神様。・・・この感覚は、子どもの頃よく遊んでくださった石切神社の神様と同じ・・・。

 

 

やはりニギハヤヒはここにいらっしゃった!! そう感じると同時に、ありがたくて涙がこみ上げてきました。

 

大神神社(筆者撮影)
大神神社(筆者撮影)

 

大神神社の御祭神は大物主。ニギハヤヒはお名前を隠して三輪山にご鎮座されたのですね。古代大和国をおつくりになられたのがニギハヤヒ。

 

 

大和国を神武天皇にお譲りになった後も人類の進化のためにあらゆる知恵と生活全般の道具を惜しみなく与え続けてくださっていた。なんとありがたいことでしょう。(涙)

 

 

日本人はニギハヤヒから与えてくださった道具(物質)を神聖なる神と見て、職人技を磨いて創造してきたのだとわかりました。日出づる創始の国・日本。この地に生まれた日本人はものづくりに秀でた太陽の民族。日本人は太古の時代より、脈々と太陽の神でありものづくりの神様のご加護を受けて生かされてきたのです。

 

大神神社 御由緒(筆者撮影)
大神神社 御由緒(筆者撮影)

 

上の画像の説明によりますと、大物主は大国主であるとされています。

 

 

大国主は「因幡の白兎」に登場される神様です。筆者がはじめて読んだ神話の絵本が「因幡の白兎」でした。

神話を読み返してみれば、白兎は人間でもあったのだなあ、と思わせられます。☞「いなばのしろうさぎ

 

 

あらゆる道具を持っていた大国主の神様は、毛皮を剥がされて泣いている白兎さんを助けてあげました。筆者は小さな動物さんを助けてくださったこのやさしい神様が小さいころから大好きでした。

 

 

だから、神様はみんなドラえもんのように何でもできてやさしくてあらゆるものを与えてくださり、人間だけでなくすべての存在を助けてくださるありがたい存在だと思っていました。

 

 

大国主の神様はたくさんのお名前を持っておられました。その正体は、筆者が子どものころから遊び場所だった石切神社のでんぼの神様(ニギハヤヒ)だったとは、大神神社にご参拝させていただくまで気づきませんでした。

 

 

ですから、お米袋のサインが大国主であり大物主でありニギハヤヒであったとわかったときには、驚きと感動と心の底から沸き起こる感謝の思いで打ち震えました。

 

 

これは奇跡でも偶然でもなく、目に見えなくても確かに神様は存在しておられるという絶対的な確信とゆるぎない信頼が筆者を貫いたのでした。

 

 

ニギハヤヒの「ニギ」は、おにぎりの語源なのです。そして大国主はおむすびです。大国主の祝詞に「おむすび」の言霊がこめられているからです。

 

「千と千尋の神隠し」千尋とハク様
「千と千尋の神隠し」千尋とハク様

 

 

 ハク様

 

「お食べ。ごはんを食べてなかったろう。

 

千尋の元気が出るようにまじないをかけて作ったんだ。お食べ」

  

 

(あ、あかん・・・。このシーンはいつ見てもぶわっと泣いてしまう・・・)

 

 

これまであらゆる道具を惜しみなく与えてくださった神様に、今度は自分が神様の道具となってご恩返しをさせていただく番であると改めて深く感じたのでした。

 

大神神社(筆者撮影)
大神神社(筆者撮影)

 

 

大国主は大地を司る国津神の代表で日本国土の統治者であり、出雲大社の御祭神です。

 

 

後に女神・アマテラスに日下国(ひのもとのくに)→日本国の統治権を譲り渡すことになります。そして見えない世界の統治者となられたのです。

 

 

アマテラスが日本国土の統治権を譲り渡すよう迫ってきた際、大国主は神様の中でもっとも戦闘力のない神様でしたから、争うことを避けて「国譲り」をされたのでした。その代わりに、出雲大社を建てて永代祀るよう要求されたのです。この日本は女神アマテラスのものになりましたが、もともとはすべて大国主のものだったのです。

 

 

大国主は最弱の神様でしたが、最強の神様であるスサノオから与えられた数々の試練を見事にこなし、日本各地でモテまくったのでたくさんの妻をめとられ、日本中に子孫が繁栄したのです。

 

 

『古事記』によると、大国主は大変美男子の優男で日本一モテモテの超モテ神様なのです。

 

 

あらためてお米袋の写真を見ましたら、ななな、なんと!「ひとめぼれ」!!神様からのメッセージは完璧で笑いのツボもしっかり抑えておられるのです(笑)モテ度をアピールしておられるようですな~(ここ重要)

 

 

「三輪明神」もニギハヤヒです。他にもたくさん御神名があります。ここまで書いてみて、隠されてきたゆえにニギハヤヒの正式な御神名にある文字が暗号として込められていたことに気づかされました。

 

 

天照国照彦天火明櫛玉饒速日命

 

(アマテルクニテルヒコアメノホアカリクシミカタマニギハヤヒノミコト)

 

 

「甕」という文字が入っているのが正式な御神名です。読み方は「みか・かめ」。意味は「かめ」

 

縄文土器
縄文土器

 

ニギハヤヒが縄文の神であることが「甕」の一文字が加えられていたことで知ることができます。

 

 

ではなぜ正式な御神名から「甕」の文字が隠されてきたのか。それは、縄文文明を徹底的に封印しておきたいという後の為政者の意図があったからなのでしょう。

 

 

縄文文明は太陽信仰でした。自然を崇拝していたので巨石信仰でもありました。そして縄文文明の最大の発明が土器でした。土器の発明は縄文人の生活の質をすばらしく向上せしめました。

 

 

ニギハヤヒは生きとし生けるすべての生命に太陽の光を分け隔てなく与え、縄文土器という道具を与え、縄文人を支配して使役するのではなく、指導者として教師としてあらゆる分野の技術を教え、皆が自立して生きてゆけるよう導いてくださった神様だったのです。

 

 

天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命

 

(アマテルクニテルヒコアメノホアカリクシミカタマニギハヤヒノミコト)

 

  

「甕」=縄文土器、「玉」=魂。つまり、「縄文の魂の神」という意味がこめられていたのです。

 

大神神社(筆者撮影)
大神神社(筆者撮影)

 

この気づきを書き記しながら、深い深い感謝がこみあげてきて号泣してしまいました。この三輪山で大物主という御神名で祀られてこられた理由が本当の意味で分かったような気がしました。

 

 

一万七千年も続いた縄文文明が、アカデミックな歴史学では「なかったこと」にされてきたのは、今の文明にとって不都合だからという理由以上に、「わからない」「見えない」「知りえない」からにすぎません。

 

 

けれど縄文文明は確かにあったのです。ただ、現在の論理的思考や自我意識、見えない世界を無視した科学至上主義の価値観ではとうてい縄文文明をうかがい知ることはできません。

 

 

 

なぜならば縄文の精神は現在の価値観と全く反対の価値観であり、感性の世界だからです。精妙な周波数でなければ縄文に触れることはできません。チャンネルを合わせなければ同調できず「ない」ことにされてしまうのです。

 

 

大神神社(筆者撮影)
大神神社(筆者撮影)

 

縄文の感性に触れるためには、現在の常識とか価値観とか刷り込みなどに縛り付けられた思考回路のゲシュタルトを崩壊させて新たに再構築させなければなりません。これが自我意識を統合意識に変換させるということです。

 

 

まったく違う周波数領域に同調しなければ知りえない世界が縄文の世界。それが精神文明。

 

 

物質文明の極致にいる現代人は、自我意識を統合意識に変換することができれば物質と精神の両極を体得することができるのです。

 

 

この文明の転換期に望んで転生してきた魂たちは、そのことを体験したくて生まれてきたのです。

 

 

そしてわたしは封印されてきた神々の復活と再会を願い、神々の世界が和合されることを願って誕生させていただいたのだなあ、と思いました。

 

狭井神社(筆者撮影)
狭井神社(筆者撮影)

 

大物主の荒魂の神様が祀られている神社です。ここで湧き出る霊泉は「くすり水」としていただくことができます。筆者はここの御神水を京都の地でいただいたのです。そこで縄文神と弥生神の和合という御神事に立ち会わせていただいたのでした。

 

狭井神社(筆者撮影)
狭井神社(筆者撮影)
狭井神社(筆者撮影)
狭井神社(筆者撮影)
三輪山登山口(筆者撮影)
三輪山登山口(筆者撮影)

 

三輪山にご参拝させていただくためには、さまざまな決まりがあります。受付時間が9時から14時までとなっています。今回はすでに受付終了時間を過ぎていました。

 

三輪山登山口(筆者撮影)
三輪山登山口(筆者撮影)

 

神聖なるご神体ですので、登らせていただくことは恐れ多いのですが、神様に呼んでいただくことがあれば、お参りさせていただきたいと思います。

 

山の辺の道(筆者撮影)
山の辺の道(筆者撮影)

 

大神神社はとても広く、敷地内にたくさん神社があります。それぞれの神社をお参りさせていただくにはかなり時間がかかります。山の辺の道を歩いて次なる神社へと向かいます。

 

三輪山の石碑(筆者撮影)
三輪山の石碑(筆者撮影)

 

自然の中を歩いていると、グラウンディングされて足から邪気が抜けてゆくような感じがします。ちょっとしたハイキングをしているような気分になります。

 

山の辺の道(筆者撮影)
山の辺の道(筆者撮影)

 

道行くすれ違う人たちにあいさつを交わしながら歩いてゆきます。この地ですれ違った方々とも、いずれかの時空間で何らかのご縁があったのかもしれないと思うと、不思議な気持ちになります。

 

山の辺の道(筆者撮影)
山の辺の道(筆者撮影)

 

ここから太陽を拝することができるのも感慨深く手を合わせたくなります。わたしたちは太陽なくては生きられないということを改めて思い知らされます。

 

龍神神社(筆者撮影)
龍神神社(筆者撮影)

 

案内の看板が立っていました。ここは他の神社とは少し雰囲気が違うように思いました。

 

龍神神社(筆者撮影)
龍神神社(筆者撮影)

 

鳥居をくぐると、右手に池がありました。

 

龍神神社(筆者撮影)
龍神神社(筆者撮影)

 

ここに龍神さまが住んでおられるのでしょうか。八大龍王弁財天と書いてありましたが、弁財天は瀬織津姫さまの別名でもあります。奥にある建物が神社なのだと思います。

 

磐座神社(筆者撮影)
磐座神社(筆者撮影)

 

少彦名神は大物主(大国主)とともに国土を開拓し、人間生活の基礎を築かれるとともに、医薬治病の方法を定められた薬の神様として信仰されています。

 

磐座神社(筆者撮影)
磐座神社(筆者撮影)

 

少彦名神さまは、ひとりで釣りをしていた大国主に「ともに国づくりをしよう」とお声がけされたことがきっかけで、二柱の神が力を合わせて大国土を築き上げられたのだと神話にありました。

 

貴船神社(筆者撮影)
貴船神社(筆者撮影)

 

再び山の辺の道を歩いて行きます。小高い土手に「貴船神社」がありました。

 

貴船神社(筆者撮影)
貴船神社(筆者撮影)

 

貴船(きふね)と読むそうです。清らかな水の神様のお名前は濁らないのだそうです。水の神様ですから、瀬織津姫さまだと思いました。神様はいくつものお名前を持っておられるのです。

 

貴船神社(筆者撮影)
貴船神社(筆者撮影)
貴船神社(筆者撮影)
貴船神社(筆者撮影)

 

御神体の御石なのでしょうか。

 

市杵島姫神社(筆者撮影)
市杵島姫神社(筆者撮影)

 

ここの神様も水の神様なのだそうです。ということは、市杵島姫=瀬織津姫さまということになります。この池に竜神様がいらっしゃるのです。

 

市杵島姫神社(筆者撮影)
市杵島姫神社(筆者撮影)
市杵島姫神社(筆者撮影)
市杵島姫神社(筆者撮影)

 

鯉さんの大群がごはんを求めてやってきました。

 

大神神社一の鳥居(筆者撮影)
大神神社一の鳥居(筆者撮影)

 

日没が近くなってきました。まるで神社のテーマパークのごとく広い敷地内のすべての神社をお参りすることはできませんでしたが、またの機会にご参拝させていただきたいと思いました。

 

大神神社・一の鳥居と三輪山(筆者撮影)
大神神社・一の鳥居と三輪山(筆者撮影)

 

雲一つない青空の下でご参拝させていただくことができてとてもありがたく思いました。ずっとずっと長きにわたり人類のサポートをしつづけてくださった神様のことを忘れ、無知のままエゴにまみれて生きてきたことへの深いお詫びと、神様への畏敬の念とそのご縁に改めて心からの感謝をお伝えしました。

 

三輪山から昇る月(筆者撮影)
三輪山から昇る月(筆者撮影)

 

最後にとても大きく美しい月を拝することができました。月はまるで日の出のように強力なオレンジ色の光をみなぎらせて輝いていました。神様は最後にこのような美しい風景をみせてくださったのだなあと、うれしく思いました。

 

 

大神神社へのお参りはとても意義深く印象に残るものでした。エゴにまみれたままでは決して神様の御神氣に感応させていただくことはできませんでした。そして気づきも得られなかったと思います。

 

 

だからこそさらに謙虚になって感謝を深めてまいりたいと思いました。

 

 

不思議なのですが、この日を境に神様に守っていただいているという信頼と安心感が絶大で、表現するならば「神様をまとっている」感じがするのです。だからこそますます日々、瞬間瞬間の言葉、思い、行動に気を付けなければならないとの思いがあります。

 

 

逆に不調和な出来事が起きた場合はすぐさま過去の時間軸に戻って発した自我を精査し、感謝に変換してリセットするという作業がスムーズにできるようになります。

 

 

これはもう、実践と体験の積み重ね以外に方法はありません。最初は自我を発してしまうこともありますが、その都度リセットして継続することが大事です。だんだん上手になってゆけば、不調和を体験することもなくなり、シンクロが加速します。

 

 

それでもまだまだ自我があることに気づいては変換作業は続きます。人間である以上はまだまだなのです。神様の境地は一切の自我のない愛そのものですから、共振させていただくためにはますます自分自身をコントロールできなければなりません。わずかな自我を見つけては変換するの繰り返しです。

 

 

その手立ては「最終進化への道」「暗号解読レベル4」「暗合解読レベル6」などに書いてあります。

 

 

筆者もまだまだです。いつかは神様とお話ができるようになりたいと思っています。